大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和57年(行ウ)15号 判決 1985年6月26日

原告

田中商事株式会社

右代表者

田中胤嘉

右訴訟代理人

岡林辰雄

谷村正太郎

菅原哲朗

被告

右代表者法務大臣

嶋崎均

右指定代理人

山崎まさよ

外四名

主文

一  被告は原告に対し、金二六万七一七四円及びこれに対する昭和五七年四月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを五分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一四九万七八二六円及びこれに対する昭和五七年四月二九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第1項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、一般区域貨物自動車運送事業の免許を有し、貨物自動車運送事業をなす会社である。

2  原告の専務取締役田中恵二は、昭和五六年一一月一七日、原告会社の乗用車を用いて東京都品川区の東京陸運事務所に行き、道路運送法八条に基づき、原告の一般区域貨物自動車運送事業の運賃及び料金(霊柩の運送に係るものに限る)設定認可申請(以下「本件申請」という。)をするために申請書を提出したが、同事務所係官は、原告が業務の範囲を霊柩に限る一般区域貨物自動車運送事業についての免許(以下「限定免許」という。)を取得していないとの理由で右申請書の受付を拒否した。

3  原告代表取締役田中胤嘉及び前記田中恵二は、同年一二月一七日再度前同様の方法で前記事務所に行き本件申請の申請書を提出したが、同事務所係官は、前同様右申請書の受付を拒否した。

4  原告は、やむをえず、昭和五七年一月四日、本件申請の申請書を配達証明郵便で同事務所宛郵送して提出したが、これの到達開封後右申請書は、同事務所から原告に対して返送されてきた。

5  (違法性及び責任)

東京陸運局長の下部機関である東京陸運事務所係官は、原告の本件申請が原告が限定免許を受けていないので理由がないというのであれば、これを受理したうえ却下処分をすればよいのであつて、この場合には原告が右却下処分について行政訴訟を提起することも可能になる。しかし同事務所係官は、これを回避するためあえて受付拒否をしたものであつて、これは、原告の右権利を侵害する違法な行為であり、故意によるものである。

ちなみに、原告は、請求原因1記載のとおり、限定のない一般区域貨物自動車運送事業についての免許を有しているのであるから、わざわざ限定免許を取得する必要はないというべきである。

6  損害

(一) 本件申請の申請書作成諸費用

(1) 昭和五六年一一月及び一二月に提出した申請書のタイプ印刷作成費 六万六〇〇〇円

(2) 会社登記簿謄本下付申請代 三五〇円

(3) 右下付のための交通費・雑費 六五〇円

(二) 右申請書提出のために要した費用

(1) 昭和五六年一一月一七日分(請求原因2記載の事実)

① 田中恵二の日当代六万六〇〇〇円

ただし、原告会社の支払月給一〇〇万円、有限会社埼礼自動車の支払月給二五万円、大成交通株式会社の支払月給四〇万円をそれぞれ一か月を二五日として日給に換算したものの合計額

② 金子正己運転手の日当代 一万一三〇三円

ただし、原告会社の支払月給二八万二五七五円を右①と同様の方法により日給に換算した額

③ 乗用車使用燃料代 一七三〇円

ただし、原告会社から東京陸運事務所まで片道二五キロメートル往復五〇キロメートルをトヨペットクラウン乗用車で走行したので、ガソリン一リットル一七三円、一リットル当たりの走行距離五キロメートルで算定した額

(2) 同年一二月一七日分(請求原因3記載の事実)

① 田中胤嘉の日当代 七万二〇〇〇円

ただし、原告会社の支払月給一〇〇万円、大成交通株式会社の支払月給四〇万円、株式会社都市厚生冠婚葬祭互助会の支払月給四〇万円を前記方法により日給に換算したものの合計額

② 田中恵二の日当代(前同様)六万六〇〇〇円

③ 金子正己運転手の日当代(前同様) 一万一三〇三円

④ 使用燃料代(前同様) 一七三〇円

(3) 昭和五七年一月四日(請求原因4記載の事実)

配達証明郵便代金 七六〇円

ただし、配達証明料三五〇円、書留料三五〇円、郵便料六〇円の合計額

(三) 弁護士費用 一二〇万円

原告は、原告代理人弁護士三名に対し、行政当局への交渉も含めて認可申請受付拒否処分取消等請求の訴訟事件の提起を依頼し、本件事件が原告の営業の存立に関わる重大なものであることを考慮し、弁護士費用を一名四〇万円とすることに合意し、合計金一二〇万円を支払つた。

よつて、原告は被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、右損害金合計一四九万七八二六円及びこれに対する不法行為の後である昭和五七年四月二九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2ないし4の各事実は認める。

3  同5は争う。霊柩運送事業を営むには、道路運送法四条により、限定免許を受けたうえ、更に右事業を開始するにあたつて同法八条により霊柩の運送に係るものに限る運賃及び料金について運輸大臣の認可を受けなければならない。しかし、原告は右限定免許を受けていないにもかかわらず本件申請をしたものであつて、本件申請は受理されても当然却下されるものであつた。そこで、東京陸運局長は原告に対し、限定免許を受けることが必要であり、限定免許を受けない限り本件申請が認可されることはありえない旨説明し、まず限定免許申請を提出するよう指導したのであり、右指導内容は、霊柩事業を営みたいという原告の希望に添う適切なものであつた。したがつて、東京陸運局長の本件申請の受付拒否は、違法性がないか又は不法行為をなすにつき故意、過失がない。また、右の指導に原告は従わずに限定免許を受けないまま、本件申請をしたものであり、原告の被つた損害は自ら求めて被つた損害であり、本件申請の受付拒否と損害発生との間には因果関係がない。

4(一)  同6の各損害の発生は争い、原告主張の各金額についてはすべて不知。

(二)  なお、同(一)の(1)のタイプ印刷代は、原告が昭和五七年四月二七日に本件申請の再申請をした際(受付のうえ申請却下になつた。)に流用しえたものである。また、申請に要する申請書の通数は三通である。更に、(2)の会社登記簿謄本は本件申請に添付を要するものではない。

(三)  同(二)で原告が主張する日給算出根拠のうち、大成交通株式会社、株式会社都市厚生冠婚葬祭互助会、有限会社埼礼自動車から支払われている給料はそもそも原告が負担した費用ではない。原告が支払つた給料は、受付拒否の有無にかかわりなく原告が右各人との間の雇用契約等に基づき当然支払うべきものであり、本件の損害とはなりえない。また、ガソリン代は、本件一連の受付拒否が違法となつた後の申請に要したものに限るべきである。

(四)  同(三)の弁護士費用三名分合計一二〇万円につき相当因果関係が認められるものではない。なお、右受任弁護士は東京陸運局長による申請却下処分の取消請求訴訟の原告訴訟代理人と同一であり、両事件は実質的に同一とみてよいから、本件訴訟について右のような過大な費用額を相当とする根拠はない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1ないし4の各事実(原告の営業、本件申請の申請書提出三回と東京陸運事務所係官の各受付拒否)は、当事者間に争いがなく、右受付拒否が故意に基づくことは明らかである。

二そこで、東京陸運事務所係官の本件受付の拒否が違法であるかどうか判断する。

およそ行政庁としては、法令に基づく申請があつた場合には、当該申請を受け付けたうえで、その適否あるいは内容について判断すべきものであるが、当該申請に係る必要書類が不足しているなど申請書に形式的な不備があつた場合には、その不備を指摘して、適式な申請をさせ、あるいは申請を思い止まらせるために、当該申請の受付を留保し、返戻することも、当該申請者において納得するかぎり、違法な措置ではない。被告は、本件申請の受付をしなかつた理由として、原告が限定免許を受けていないので本件申請が却下されるのが必至であつたから、原告の利益のために右限定免許を受けるように指導したものであると主張するにとどまり、原告が右東京陸運事務所の指摘に納得して本件申請を留保したとの事実についてはなんら主張せず、またこれを認めるに足りる証拠もない。のみならず、被告の主張する指導の中身は、原告の本件申請の申請人適格に関するものであるところ、<証拠>によれば、田中恵二は、昭和五六年一一月一七日に東京陸運事務所に本件申請に行つたところ、限定免許を得ていないことを理由に受付を拒否されたので、運送事業に詳しい木村貢こと西浦貢に依頼し、同日再度同人を介して限定免許の要否を争い、受付を求めて同事務所と交渉したこと、原告は、その後弁護士にも依頼し、同年一二月一七日には田中恵二に加えて原告代表取締役社長田中胤嘉及び弁護士二名を同事務所に差し向け、再度同旨の交渉をしていること、更に昭和五七年一月四日には配達証明郵便による本件申請をしていること(この事実は当事者間に争いがない。)が認められ、右認定の事実及び原告が一般区域貨物自動車運送事業の免許を有している事実に照らすと、原告は一貫して本件申請には限定免許は不要であり、本件申請には要件的に欠けるところがないとの見解を堅持していたことが認められる。そうすれば、東京陸運事務所係官としては、たとえ本件申請が認可されるためには限定免許が必要であるとの解釈が正当なものであると確信したとしても、受付拒否という措置に出ることは法律上許されないところであつて(これは第一回の申請から第三回の郵便による申請まですべてにいえることである。)、被告の主張するところは受付拒否を正当化する事由とはならない。

三そこで、原告の被つた損害について判断する。

1  本件申請の申請書作成諸費用

<証拠>によれば、原告は本件申請のための申請書の作成(起案及びタイプ印刷)を木村貢(西浦貢と同一)に依頼し、その七通分の代金六万六〇〇〇円を支払つたこと、右申請書のうち三通を昭和五六年一一月一七日及び同年一二月一七日の二回繰り返して東京陸運事務所に提出して使用したことが認められる。なお、<証拠>によれば、昭和五七年四月二八日になした原告の本件申請は受け付けられたことが認められるが、<証拠>によれば、原告は右再申請のために改めて申請書の作成をやり直したことが認められ、再申請が当初の申請から約五か月後であつたことや当初の申請書は既に二回も提出、使用していたことに鑑みると、右再申請にあたつて当初の申請書を利用しなかつたことも社会通念上是認できるから、当初の作成代はすべて原告の損害と認められる。また、<証拠>によれば、本件申請のため提出を要する申請書は三通であることが認められるが、本件申請のような場合には、申請者の手許にも申請書の控えを必要部数だけ留めて置くことは社会的にみても通常の所為であり、原告が会社であることを考慮すれば、原告の控えとして四通を保有することも不合理ではない。しかも、七通程度の印刷は通常タイプ印刷のセット枚数の範囲内であるから、それにより代金に特段の変更があるとは考えられず、三通を超える通数の印刷代のみを右作成費から控除する必要はない。

次に、会社登記簿謄本下付申請代及びこれに伴う費用についてであるが、本件申請のために右謄本が必要であることを認めるに足りる証拠はなく、かえつて<証拠>によれば、本件申請のためには右会社登記簿謄本は不要であることが認められる。したがつて、これは原告の損害ということができない。

2  申請書提出のために要した費用

(一)  本件申請のため、原告を代表又は代理する地位にある者が昭和五六年一一月一七日に東京陸運事務所に赴いたところ、同申請の受付が前記のとおり違法に拒否されたのであるから、右申請に必要な限りで右関係者の行動は無益となつたことは明らかである。そうすると、右申請に必要な限りでの日当に相当する金額及び交通費の出捐は原告の損害ということができる。

被告は右日当相当額は損害にならないと争うが、原告は右関係者が右申請に費した時間を他の原告の業務処理にも当てえたものであるから、有益な業務に当てえなかつた右時間に相当する労働の喪失は原告の損害であり、それは右日当額で評価すべきものである。

(1) 田中恵二の日当代

原告の専務取締役である田中恵二が右申請に東京陸運事務所に赴いたことは、前記認定のとおりであり、<証拠>によれば、当日は初め田中恵二単独で申請書を提出して、受付を求め折衝したが拒否され、一旦は引き下つて、木村貢こと西浦貢に右経過を説明し、同日再度木村と共に東京陸運事務所に出向き、主として木村から右申請書の受付拒否の理由を質し、受付をしようようした事実が認められる。そして<証拠>によれば、同人は原告会社から年間一二〇〇万円の給料を支給されていることが認められ、これを月給に換算し、更に一か月を二五日として日給に換算した日当相当額は金四万円となるところ、右折衝の経過に鑑みれば、右日当全額が原告の損害に相当する。なお、原告は、原告会社以外の有限会社埼礼自動車及び大成交通株式会社から田中恵二に支払われている給料相当額も原告固有の損害であると主張するが、これら給料が原告から支出されているものでない以上、これが原告の損害とならないことは明らかであつて、主張自体失当である。

(2) 金子正己運転手の日当代及び使用燃料代

<証拠>によれば、田中専務は原告の社員である金子運転手の運転する乗用車トヨペットクラウンで原告会社から東京陸運事務所まで行つたこと、原告会社から東京陸運事務所までの距離が片道二五キロメートル(往復五〇キロメートル)、当時のガソリン代が一リットル当たり一七三円、右乗用車の一リットル当たりの走行距離が五キロメートルであることが認められ、また、<証拠>によれば、金子運転手は原告会社から年間三三九万〇九〇〇円の給料を支給されていたことが認められる。そこで、金子運転手の日当を前記田中専務と同様の方法により算出すると一万一三〇三円となり、また、使用燃料代としては一七三〇円が算出されるところ、右合計一万三〇三三円は、原告会社から東京陸運事務所までの往復のタクシー代と比較しても妥当なものと認められるから、右金額が原告の損害となる。

(二)  本件申請のために原告の関係者が昭和五六年一二月一七日に東京陸運事務所に赴いたことで、前同様原告には日当代及び交通費の損害が発生したといえる。そして、<証拠>によれば、原告の代表取締役田中胤嘉と田中恵二専務が前同様金子運転手の運転により原告会社から東京陸運事務所まで赴いたこと、当日の折衝は弁護士を加え、午前九時四〇分ごろから約一時間半で終了したことが認められる。

原告は、右二名分の日当代を損害と主張するが、前記一一月一七日の申請の受付が拒否されたとしても、弁護士まで同道しての第二回目の申請に原告の役員二名が出向かなければならない必然性は認められず、前回の申請が田中恵二によつてなされた事実に鑑みれば今回も同人で足りたといわざるをえない。しかも、右認定のとおり、第二回目は半日で終了しているから、田中恵二の半日当分として二万円の損害を認めるのが相当である。また、交通費相当分として、金子運転手について半日当分である五六五一円及び前同様の使用燃料代一七三〇円が損害と認められるから、その合計は七三八一円となる。

(三)  配達証明郵便による申請について

右郵便による受付も拒否されたのであるから、右郵便代は無益な出費となり、原告の損害と認められる。そして、当時の配達証明郵便代が配達証明料三五〇円、書留料三五〇円、郵便料六〇円の合計七六〇円であつたことは公知の事実である。

3  弁護士費用

<証拠>によれば、原告は本件申請が受け付けられないので、本訴代理人弁護士三名に昭和五六年一二月一七日の受付拒否処分の取消等及び本訴を提起することを含めて訴訟手続を依頼し、一名四〇万円ということで合計一二〇万円を右弁護士に支払つたことが認められる。しかし、原告の本来の目的は原告が霊柩運送事業ができることにあるのであるから、原告の依頼を受けた弁護士は、本件の受付拒否処分の取消訴訟を提起するのみならず、その後に受付がなされて却下がなされた後の対応(別訴として右却下処分の取消訴訟が提起されたことは当裁判所に顕著な事実である。)も依頼されていたものと考えるべきであり、その意味では本件申請の受付拒否処分の取消しは、後者の訴訟の前段階に位置づけられるものにすぎない。そして、行政庁の本件申請の受付拒否は、右受付拒否処分の取消請求を含む本件訴訟の第一回口頭弁論期日後まもなく撤回され結局は受け付けられたことは弁論の全趣旨及び本件記録上から明らかであるから、本訴自体に割かれた訴訟代理人の労力は右却下処分取消訴訟に較べて僅かというべきである。以上の点を考慮したうえ前記認定の認容損害額を考慮すると、結局金一二万円をもつて本件申請の受付拒否と相当因果関係のある損害と認めるのが妥当である。

四以上のとおり、原告の本訴請求は、被告に対し不法行為の損害金として合計金二六万七一七四円及びこれに対する不法行為の後である昭和五七年四月二九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条本文を各適用し、仮執行宣言の申立ては相当でないのでこれを却下し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山本和敏 裁判官太田幸夫 裁判官塚本伊平)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例